大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)2837号 判決

昭和五一年(ワ)第二八三七号事件原告 有限会社 丸越産業

右代表者代表取締役 村越義三

右訴訟代理人弁護士 半田和朗

右訴訟復代理人弁護士 菅野祐治

浅古栄一

昭和五一年(ワ)第二八三七号事件被告、同年(ワ)第三二〇三号事件原告 常盤土地開発有限会社

右代表者代表取締役 鈴木民平

右訴訟代理人弁護士 平井二郎

昭和五一年(ワ)第二八三七号同年(ワ)第三二〇三号各事件被告 吉田政弘

昭和五一年(ワ)第二八三七号事件被告 染野正雄

〈ほか二名〉

右四名訴訟代理人弁護士 関榮一

昭和五一年(ワ)第三二〇三号事件被告 橋本義衛

右訴訟代理人弁護士 酒井亨

主文

一  昭和五一年(ワ)第二八三七号事件について

1  被告吉田政弘、被告染野正雄、被告宮森宏は原告有限会社丸越産業に対し、各自金一四四四万四一六六円及びこれに対する昭和五一年四月一六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告有限会社丸越産業の被告吉田政弘、被告染野正雄、被告宮森宏に対するその余の請求及び被告常盤土地開発有限会社、被告服部一に対する請求をいずれも棄却する。

二  昭和五一年(ワ)第三二〇三号事件について

1  被告橋本義衛は原告常盤土地開発有限会社に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五一年五月七日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告常盤土地開発有限会社の被告橋本義衛に対するその余の請求及び被告吉田政弘に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、昭和五一年(ワ)第二八三七号事件について生じた部分は、原告有限会社丸越産業と被告吉田政弘、被告染野正雄、被告服部一との間においては同原告に生じた費用の五分の二を同被告らの負担とし、その余を各自の負担とし、同原告と被告常盤土地開発有限会社、被告服部一との間においては全部同原告の負担とし、昭和五一年(ワ)第三二〇三号事件について生じた部分は、原告常盤土地開発有限会社と被告橋本義衛との間においては同原告に生じた費用の五分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、同原告と被告吉田政弘との間においては全部同原告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項1及び第二項1に限り、仮に執行することができる。

事実

(昭和五一年(ワ)第二八三七号事件を以下「第一事件」、昭和五一年(ワ)第三二〇三号事件を以下「第二事件」と、第一事件原告有限会社丸越産業を以下「原告会社」、第一事件被告・第二事件原告常盤土地開発有限会社を以下「被告会社」、その余の被告らを以下「被告吉田」、「被告染野」、「被告宮森」、「被告服部」、「被告橋本」という。)

第一当事者の求めた裁判

一  第一事件

1  原告会社

(一) 被告会社、被告吉田、被告染野、被告宮森及び被告服部は、原告会社に対し、各自、金二一一八万四三八八円及びこれに対する昭和五一年四月一六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は同被告らの負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  被告会社、被告吉田、被告染野、被告宮森、被告服部

(一) 原告会社の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告会社の負担とする。

(三) 被告会社を除く被告らについて仮執行免脱宣言

二  第二事件

1  被告会社

(一) 被告橋本は、被告会社に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五一年五月七日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被告橋本及び被告吉田は、被告会社に対し、連帯して金四〇〇万円及びこれに対する昭和五一年五月七日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は同被告らの負担とする。

(四) 仮執行の宣言

2  被告橋本、被告吉田

(一) 被告会社の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告会社の負担とする。

(三) 被告吉田について仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  第一事件について

1  請求の原因

(一) 売買契約の締結及び解除に至る経緯

(1) 原告会社は、昭和四八年四月一四日、被告橋本を除く他の被告らの仲介により、被告橋本から、別紙目録記載の土地三三〇五・七八平方メートル(以下「本件土地」という。)を、農地法五条による許可を条件として代金一億三〇〇〇万円で買受け、被告橋本に対し、(ア)同日、手付金として三〇〇〇万円を、(イ)同月二一日に中間金として一〇〇〇万円を、(ウ)同年五月二八日に中間金として二八〇〇万円を、(エ)同年六月二〇日に中間金として一二〇〇万円をそれぞれ支払った(合計八〇〇〇万円)。

(2) ところが、同年一〇月ころ、原告会社が茨城県に照会したところ、本件土地はそもそも市街化調整区域に属し、当分の間、農地法五条の許可がなされる見込みはなく、それが可能となる見通しも立たないことが判明した。

(3) そこで、原告会社は、昭和四八年一二月、被告橋本に対し、本件土地の売買契約を解除する旨の意思表示をし、右契約を解除した。

(二) 被告橋本を除く被告らの責任

(1) 本件売買契約は、以下のとおり、右被告らの不法行為により締結されたものである。すなわち、右被告らは、本件売買契約の締結に先立ち、原告会社の代表者である村越義三に対し本件土地を買い入れるよう持ち掛け、その際、本件土地が市街化調整区域に属し農地法五条の許可を得られる見込みがないことを知っていたにもかかわらず、そのことを秘し、売主橋本が潮来町町長の地位にあって絶対に信用できる人物であること、同人の地位からして本件土地に対する農地法五条の許可を得ることは極めて容易であること等をこもごも力説して原告会社代表者村越義三を欺き、その旨を誤信した同人をして右契約を締結させたものである。

仮に、右被告らが、本件土地が市街化調整区域に属することを知らなかったとしても、これを調査することは容易であり、また、不動産仲介業者として当然に調査し説明すべき義務があるものというべきである(宅地建物取引業法三五条一項参照)から、これを怠り前記のごとき言動をしたうえ原告会社をして本件売買契約を締結させた以上、右被告らは責任を免れない。

(2) 仮に、右被告らの行為が不法行為にはあたらないとしても、契約解除に基づく損害賠償請求権は、契約の当事者間に限らず契約の締結に当たってこれに関与し契約締結の動機原因を形成した者に対しても行使しうるものと解すべきであるから、本件売買契約を締結に当たって仲介をした同被告らは、右売買契約の前記解除に伴い原告会社の被った損害を賠償すべき責任がある。

(三) 原告会社の損害

(1) 原告会社が前記(一)(1)のとおり被告橋本に対し本件売買代金の一部として支払った八〇〇〇万円のうち七八〇〇万円は、原告会社の代表者である村越義三個人及びその父村越金蔵が訴外足立農業協同組合(以下「足立農協」という。)から借入れた金員を、更に原告会社が同人らから(ア)昭和四八年四月一四日一〇〇〇万円、(イ)同日二〇〇〇万円、(ウ)同月二四日一〇〇〇万円、(エ)同年五月三〇日二八〇〇万円、(オ)同年六月二九日一〇〇〇万円を借り受けて、支払に充てたものである。そのため足立農協からの借入金の金利は原告会社が負担した。

(2) 一方、被告橋本は、本件売買契約の前記解除に伴い、昭和五〇年五月三〇日、本件売買代金の一部として既に受取っていた前記八〇〇〇万円を次の方法で返還することとし、同日左の各金員及び手形を原告会社に交付した。

(ア) 現金一〇〇〇万円

(イ) 額面二〇〇〇万円、満期同年八月三〇日の約束手形一通

(ウ) 額面五〇〇〇万円、満期同年一二月三〇日の約束手形一通

そうして、その後、右(イ)及び(ウ)の各手形の手形金は、いずれもその満期日に原告会社に支払われた。

(3) そのため原告会社は、本件売買契約を締結したことにより、前記借入金の利息として左のとおり合計二一一八万四三八八円の金員を支出し、同額の損害を被った。

(ア) (一)の(1)の(ア)の三〇〇〇万円のうち一〇〇〇万円について、(三)の(1)の(ア)の借入日から同(2)の(ア)の返済日までの利息二二三万九五七四円

(イ) (一)の(1)の(ア)の三〇〇〇万円のうち二〇〇〇万円について、(三)の(1)の(イ)の借入日から同(2)の(イ)の返済日(手形満期日)までの利息五六〇万二二一六円

(ウ) (一)の(1)の(イ)の一〇〇〇万円について、(三)の(1)の(ウ)の借入日から同(2)の(ウ)の返済日(手形満期日)までの利息二八七万六六三八円

(エ) (一)の(1)の(ウ)の二八〇〇万円について、(三)の(1)の(エ)の借入日から同(2)の(ウ)の返済日(手形満期日)までの利息七七六万五六二三円

(オ) (一)の(1)の(エ)の一二〇〇万円について、(三)の(1)の(オ)の借入日から同(二)の(2)の返済日(手形満期日)までの利息二七〇万三三三七円

(四) よって、原告会社は、被告橋本を除く被告らに対し、各自、損害賠償金二一一八万四三八八円及びこれに対する本件不法行為ののちである昭和五一年四月一六日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求の原因に対する認否

(一) 被告会社

(1) 請求原因(一)の(1)(2)の事実は認める。

ただし、(一)の(1)のうち被告会社がした仲介行為は本件売買契約書の作成に立会った程度であり、右契約を成立させるについて被告会社は実質的な関与をしていない。また、(一)の(2)のうち本件土地が市街化調整区域に属することが原告会社及び被告会社に判明したのは昭和四九年ころのことである。

同(一)の(3)のうち本件売買契約が解除されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

右売買契約については、被告橋本の履行がなかったこと等のため、昭和四八年一二月ころ原告会社から契約解除の申出がなされたが、結局、本件土地のうち、原告会社が既に被告橋本に対し支払済みの代金八〇〇〇万円相当の土地について履行を求めることとなり、改めてその履行日を昭和四九年九月二〇日と定めた。しかし、その後、前記のとおり右土地が市街化調整区域内にあることが判明したため、右同日ころ、本件売買契約は最終的に解除されたものである。

(2) 同(二)の事実は否認する。

本件売買契約は被告吉田、被告宮森、被告染野らの強引な勧奨により成立したものであって、被告会社は、前記のとおり右契約の成立にあたって、原告会社の依頼により単に立ち会ったのみである。したがって、被告会社は、本件において実質的な仲介行為を何ら行っておらず、むしろ、被告吉田らの右勧奨がなされる以前には、原告会社に勧めて本件土地の買入れを断念させているほどである。

(3) 同(三)のうち、(2)の事実は認めるが、その余の事実は知らない。

(二) 被告吉田、被告染野、被告宮森、被告服部

(1) 請求原因(一)の(1)のうち、右被告らが本件売買契約を仲介したことは否認する、その余の事実は認める。右被告らは、売主である被告橋本から頼まれて、単に使者として行動したにすぎない。

(2) 同(一)の(2)の事実は否認する。

(3) 同(一)の(3)の事実は認める。

(四) 同(二)の事実は否認する。原告会社は、本件土地が市街化調整区域に属することを承知で買い受けたものである。

(5) 同(三)のうち、(2)の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

3  被告吉田、被告染野、被告宮森、被告服部の抗弁

仮に、右被告らに何らかの責任があったとしても、昭和五〇年五月三〇日、原告会社と被告橋本との間において、同被告が原告会社から既に売買代金の一部として受取っていた八〇〇〇万円を返還して両者間の一切の債権債務を清算する旨の和解が成立した際、原告会社は、被告吉田、被告染野、被告宮森、被告服部の代理人である被告橋本に対し、右四名の責任を免除する旨の意思表示をした。

4  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

二  第二事件について

1  請求の原因

(一) 本件売買契約の締結及び解除について

(1) 原告会社は、昭和四八年四月一四日、被告吉田、同染野、同宮森らの仲介により、被告橋本から本件土地を、農地法五条による許可を条件として代金一億三〇〇〇万円で買い受けた。原告会社の右契約の目的は本件土地を宅地化して分譲することにあったものであり、被告吉田らは被告橋本側の仲介人であった。

(2) なお、昭和四八年一二月ころ、原告会社から被告橋本に対し、同被告による宅地転用手続の不実施、本件土地の形状の不都合等を理由に本件売買契約の解除の申出がなされたため、原告会社及び被告橋本は折衝の結果、本件契約の目的地を本件土地のうち原告会社が既に代金の一部として支払済みの八〇〇〇万円に相当する二〇三四平方メートル(約六一五坪)部分に変更した。

(3) 当初原告会社側の仲介人であった被告会社は、昭和四九年八月二八日、被告橋本の強い要請により、右土地の埋立代金として一〇〇万円を同被告に対し支払った。

(4) ところが、昭和四九年八月ころ、被告会社らが関係官庁で調査したところ、本件土地は市街化調整区域に属し、本件契約の目的を達成することができないことが判明したため、本件売買契約は同年九月二〇日ころ解除されるに至った。

(二) 被告橋本及び被告吉田の不法行為

(1) 本件売買契約の締結及び被告会社の被告橋本に対する一〇〇万円の支払は、被告橋本、被告吉田が、本件土地が市街化調整区域内にあり宅地に転用して分譲することが不可能であることを十分知りながらこれを秘し、直ちに転用のうえ分譲することが可能であると保証して原・被告会社を欺罔したことによりなされたものである。

(2) 仮に、本件土地について市街化調整区域に属するものとされた時期が本件売買契約の締結時以降であったとしても、被告橋本及び被告吉田は右契約締結時において本件土地が右区域に編入される可能性のあることを当然知りえたはずであり、また、現実に知っていたものと思われるから、いずれにしても同被告らがその点を原告会社及び被告会社に告げなかったことには欺罔の故意又は重大な過失がある。また、少なくとも被告橋本は昭和四八年一二月には本件土地が右区域に編入されることを知ったはずであるから、同被告がそれ以後も右事実を秘していたことをもって欺罔行為というのを妨げない。

(三) 被告会社の損害

被告会社は、被告橋本及び被告吉田の右欺罔行為により、次の損害を被った。

(1) 被告会社は、前記(一)(3)のとおり一〇〇万円を支払い、同額の損害を被った。

なお、右一〇〇万円の支払が仮に被告橋本の不法行為によるものとはいえないとしても、右金員は埋立代金として支払われ、本件土地の埋立に使用されたものであるから、被告橋本が右一〇〇万円を不当に利得しているものである。

(2) 被告会社は、本件土地の売買契約解除ののち、原告会社から損害賠償の請求を受ける(第一事件)など、その信用を失墜するところとなり、三〇〇万円相当の損害を被った。

(3) 被告会社は、その代表者が本件売買契約に関する業務の処理のため、本件土地の所在地その他に延約三〇回以上出張したが、それに伴い旅費その他として一〇〇万円を支出し、同額の損害を被った。

(四) よって、被告会社は、被告橋本に対し損害賠償金一〇〇万円及びこれに対する本件不法行為ののちである昭和五一年五月七日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告橋本、被告吉田に対し、連帯して損害賠償金四〇〇万円及びこれに対する昭和五一年五月七日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 被告橋本

(1) 請求の原因(一)のうち(1)ないし(3)の事実は認める。ただし、(2)のうち原告会社が本件売買契約の解除の申出をした理由は、原告会社の残代金の支払が不能になったためである。また、(3)のうち被告会社の一〇〇万円の支払は被告橋本の要請によるものではない。

(2) 同(一)の(4)のうち、本件売買契約が解除されたことは認めるが、その余の事実は否認する。右契約の解除は合意によるものである。

(3) 同(二)の事実は否認する。

(4) 同(三)(2)(3)の事実は知らない。損害については争う。

(二) 被告吉田

(1) 請求原因(一)の(1)のうち、被告吉田が被告橋本の仲介人であることは否認する、原告会社が本件土地を買い受けた目的は不知、その余の事実は認める。被告吉田は被告橋本の使者であったにすぎない。

(2) 同(一)の(2)のうち、同日ころ、原告会社と被告橋本との間において本件売買の目的地の範囲が変更されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同(一)の(3)の事実は否認する。なお、本件土地の埋立は被告会社代表者の要請によるものである。

(4) 同(一)の(4)のうち、本件売買契約の解除の意思表示がなされたことは認めるが、原告会社において右契約の目的を達成することができなかったとの点は否認する。

(5) 同(二)の事実は否認する。本件土地が市街化調整区域内にあることについては被告会社において十分調査済みであった。

(6) 同(三)の(2)のうち、被告会社が原告会社から損害賠償請求を受けていることは認めるが、その余の事実及び(3)の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  本件売買契約の締結及び解除に至る経緯

1  第一事件請求原因1(一)(1)の事実については、被告会社が実質的仲介行為をした点を除いて原告会社と被告会社との間に争いがなく、被告吉田、同染野、同宮森、同服部の仲介の点を除けば原告会社と同被告らとの間にも争いがない。同1(一)(2)の事実については、原告会社が本件土地の市街化調整区域に属することを知った時期の点を除き原告会社と被告会社間に争いがない。同1(一)(3)の事実については、原告会社と被告吉田、同染野、同宮森、同服部との間に争いがなく、そのうち本件売買契約が解除されたことについては原告会社と被告会社との間にも争いがない。第二事件請求原因1(一)(1)の事実については、被告会社と被告橋本との間に争いがなく、被告吉田が仲介人であったこと及び原告会社が本件土地を買い受けた目的の点を除けば被告会社と被告吉田との間にも争いがない。同1(一)(2)の事実のうち、昭和四八年一二月ころ本件売買契約の目的地が本件土地のうち二〇三四平方メートル(約六一五坪)部分に変更されたこと及び同1(一)(4)の事実のうち本件売買が昭和四九年九月二〇日ころ解除されたことについては被告会社と被告橋本、同吉田との間に争いがない。

2  右の争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告会社及び被告会社はともに土地建物の売買及びその仲介等を業とする会社であり、被告吉田、同染野、同宮森も同様に宅地建物取引業に従事する者である。一方、被告服部は、茨城県行方郡潮来町においてクラブ、サウナ風呂等を経営する者であるが、不動産取引業を営んだことはなく、被告橋本は同町の町長の職にある者である。

(二)  本件土地は当時被告橋本の所有する農地であったが、同被告は昭和四八年ころ右土地を売却する意図を固め、その妻を通じ友人である訴外岩本文雄に対し買手を紹介してくれるように依頼したところ、同訴外人は被告服部にその旨の相談を持ち込んだ。そこで、被告服部は前記のとおり不動産取引業を営む被告宮森にその話を伝え仲介を依頼したところ、同宮森はさらに被告吉田、同染野にもその旨を依頼し、また、右吉田、染野、宮森は昭和四八年四月初めころ被告会社の代表者である鈴木民平にもその旨の依頼をするに至った。そこで、鈴木は、右依頼を受けて、同年四月四日ころ右土地が売りに出されている旨を原告会社代表者の村越義三に伝え、買い受けの意思を尋ねたところ、村越は、さっそく関心を示し、当日のうちに鈴木の案内により本件土地の現地にまで出かけ、右土地を実地に検分するに及んだ。しかしながら、本件土地の実際の地形が、予め被告染野から鈴木の得ていた図面と合致せず、また、その所在地も東京から遠方に過ぎるうえ、原告会社は同月一二日に東京都足立区保木間町の土地を同じく被告会社等の仲介により代金八四九二万円で買い受ける予定でいたこと等から、鈴木自身が本件土地を購入することが原告会社にとって得策ではないとの意見を持つに至り、その旨を村越に助言したため、村越もそれに従い、本件土地の買い受けをいったん取り止めることにした。

(三)  ところが、その後、被告吉田、同宮森は、鈴木から、村越が本件土地の紹介を受け現地にまで赴いたことを聞いたことから、同年四月一二日ころ直接原告会社を訪れ、村越と面談し、本件土地の売買価格が近隣よりも安いうえ、今後値上りが必至の有望な土地であること、購入のための資金が不足なら融資の世話をすること、本件土地の所有者が現職の町長であり、本件土地付近に対する用途地域も無指定であるから土地利用上の心配はないこと等を力説して、本件土地の購入を強く勧め、さらに、右被告らは、翌日も原告会社方を訪れ、どの様な条件でも受け入れるからともかく売買契約をして二、三千万円を支払ってもらいたい旨を申し入れた。そのため、村越は、急拠方針を変え、本件土地を買い受ける意思を固めるに至り、同日の夕刻頃鈴木に対し、その旨を電話で伝えるとともに、売買契約の締結の際には立会いのうえ契約書を作成してもらいたい旨を依頼した。

(四)  翌四月一四日、村越、鈴木、被告吉田、同染野、同宮森、同服部、同橋本ら関係者が一堂に会し、被告吉田、同染野、同宮森の仲介により原告会社と被告橋本との間に本件売買契約が締結され、契約書が作成された(なお、右契約書を作成したのは鈴木であったため、同書上では被告会社のみが仲介人として表示された。)。その際、原告会社としては当然本件土地を宅地化して転売する意図であったため、本件土地に対する農地法上の宅地転用手続は売主側で行う旨の取り決めがなされたほか、売主である被告橋本から、本件土地付近の地域については換地処分がなされたため、右土地を宅地に転用するには三ヵ月ないし六ヵ月程の期間を要するであろうが、右のとおり宅地に転用すること自体は可能である旨の説明がなされた。しかしながら、潮来町について都市計画区域が指定され、本件土地が市街化調整区域に編入される可能性がある等の話は、被告橋本、同吉田を始め他のいずれの被告らからも特になされなかった。

(五)  その後、原告会社は、同年六月までの間に、被告橋本に対し右売買代金の一部として合計八〇〇〇万円を支払ったが、同年一二月ころ、残代金の支払が困難となったことや、被告橋本側の宅地転用手続の遅れなどを理由に、契約の解除を申し出るに至った。そのため、昭和四九年一月ころ原告会社と被告橋本との間で、本件売買契約の目的地を、本件土地のうち既に原告会社が支払った八〇〇〇万円に相当する土地部分にまで減縮することで合意が成立した。なお、その間においても、特に、本件土地付近における都市計画区域指定の問題について話合いがなされるということはなかった。

(六)  ところで、潮来町においては、昭和四八年一二月ころ茨城県知事により潮来都市計画区域が指定され、それにより本件土地は市街化調整区域に含まれることになった。そのため、以後本件土地に対する「開発行為」や建築物の新築等に関しては都市計画法による制限が加えられ、原告会社が本件土地を宅地化し転売することは事実上不可能になった。

(七)  一方、原告会社は、昭和四九年九月初めころ、茨城県等に問い合せることによってようやく右事実を知るに至り、本件売買契約を締結した目的を達成することができなくなったとして、同年九月二〇日ころ被告橋本と話合いのうえ、右売買契約を合意解除するに至った。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》また、被告会社の作成したものであることにつき当事者間に争いのない乙第一号証(昭和四八年四月一四日付け物件説明書)中には本件土地が市街化調整区域内にある旨の記載が存在するが、成立に争いのない丙第二二、二四号証(登記簿謄本)からみて、乙第一号証が実際に作成されたのは本件土地の地番及び地籍につき表示の変更登記がなされた昭和四九年一月五日以降であることが認められるから、右乙第一号証が存在することをもって、本件売買契約がなされた当時、原告会社が既に本件土地に対する市街化調整区域の指定の可能性を了知していたものと認めることはできない。その他、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  第一事件に対する判断

1  本件売買契約が締結されたことに対する被告らの責任について

(一)  前記認定した事実によれば、買主である原告会社は、本件土地を宅地化し転売する意図であったのであるから、右土地がいずれ市街化調整区域に含まれる可能性のあるものであることを事前に知っていたならばこれを買い受けるはずがなく、また、代金の一部として八〇〇〇万円を支払うこともなかったであろうことは明らかであって、原告会社が右の事実を事前に知っていたと認めるに足りる証拠はない。

(二)  そこで、原告会社が右可能性を知ることなく本件売買契約を締結したことについて、本件被告らに故意又は過失があったか否かについて検討する。

前記認定した事実によると、被告吉田、同染野、同宮森は、いずれも不動産仲介業に従事する者であり、本件売買契約を成立させるに当たっては実質的に仲介人としての立場にたち、また、原告会社の本件土地の買い受けの意図についても十分に知悉していたものと認められるから、売買契約の仲介を行う業者として、当然、本件土地付近の地域に対する都市計画区域指定の可能性及び本件土地自体が市街化区域もしくは市街化調整区域のいずれに含まれるか等について事前に十分調査し、その結果を買主である原告会社に伝えるべき義務があったものというべきである。そうして、県知事により都市計画区域に関する都市計画が決定、告示されるまでの諸手続(都市計画案の作成、公聴会の開催等(都市計画法一六条)、都市計画案の公告縦覧、意見書の提出(同法一七条)、関係市町村の意見の聴取、都市計画案の都市計画地方審議会への付議(同法一八条)等)からみるならば、右計画案が公表されてからその決定、公示がなされるまでにはかなりの期間を要するはずであるから、右計画が昭和四八年一二月に決定告示されたとしても、右被告らは、本件売買契約がなされた当時において、本件土地が市街化調整区域に含まれるべき可能性については容易に調査することができたものと推認される(なお、この点に関する被告橋本本人の供述のうち、右都市計画区域指定の話が出たのは昭和四八年秋頃のことであり、このころ本件土地が市街化調整区域に含まれることが判ったとする部分は措信し難い。)。また、その場合、たまたま買主が仲介人と同様に宅建業者であったとしても、右買主が右区域指定について既に了知している等特段の事情のない限り、仲介の任にあたる者は、買主に対し積極的にその旨を告げるべき義務を免れないというべきである。

そうであれば、被告吉田、同染野、同宮森は、本件売買契約の仲介をするに当たって、前記認定のとおり右区域指定の可能性を全く原告会社に告げていないのであるから、同社が右契約を締結しその結果後記3の損害を被るに至ったことにつき、少くとも過失の責があるものといわざるをえない。

(三)  次に、被告会社についてであるが、前記認定の事実によれば、被告会社の代表者である鈴木は、原告会社に対して本件土地を紹介したけれども、その後間もなく原告会社に助言していったんは本件土地の買い入れを断念させており、その後、原告会社が改めて被告橋本との間で本件土地の売買契約を締結することについて何ら仲介行為をおこなっていない、ただ、右契約の締結にあたり、原告会社の依頼により、主として契約文書の作成のため立会ったにすぎないことが認められるから、結局、被告会社は、本件売買契約書上での表示にもかかわらず、原告会社が本件土地を最終的に買い受けるにあたり、もはや仲介人としての責任を負うべき立場にはなかったものといわなければならない。

したがって、被告会社としては、本件土地が市街化調整区域内に含まれる可能性があるか否かについて調査し、原告会社に説明するまでの義務がなかったものと解せざるをえないから、被告会社が原告会社に対しその旨を告げなかったとしても、過失があったということはできない。

(四)  さらに、被告服部についてであるが、前記認定した事実によれば、同被告は不動産取引業を営む者ではなく、また、本件売買契約が成立するにあたり果した役割も、単に被告橋本からの本件土地の売却の依頼をいわゆる宅建業者である被告吉田らに取り次いだにすぎないことが認められるから、被告服部において本件土地に対する区域指定の可能性につき調査のうえ原告会社に説明するまでの義務はなかったものというべきである。

したがって、被告服部が右区域指定の点を原告会社に告げなかったことについて過失がないものというべきである。

(五)  なお、原告会社は、被告会社、被告服部らに対し本件売買契約の解除に基づく損害賠償を求めているが、契約解除に伴い損害賠償義務を負担する者は、特段の事情がない限り、契約当事者に限られるのであって、本件において、売買契約の当事者ではない被告会社及び被告服部らが原告会社に対し右契約の解除に伴う損害賠償義務を負うべき理由を見出しえない。したがって、原告会社の被告会社及び被告服部らに対する右主張は理由がない。

2  原告会社による責任の免除について

被告吉田らは、抗弁として、昭和五〇年五月三〇日に被告橋本と原告会社とが本件売買代金の返還について合意した際、原告会社が被告吉田らの前記責任を免除する旨の意思表示をなした旨主張する。

しかしながら、被告橋本と原告会社とが右のとおり合意したことについては当事者間に争いがない(第一事件請求原因(三)(2))けれども、原告会社により右の免除の意思表示がなされた事実については、これを認めるに足りる証拠がない。

したがって、被告吉田らの右主張は、失当というべきである。

3  原告会社の損害について

(一)  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

本件売買契約に従い原告会社の支払った合計八〇〇〇万円の代金のうち七八〇〇万円は、原告会社代表者村越義三及びその父である村越金蔵がいずれも個人名義で足立農協から借り入れ、さらにそれを原告会社が借り入れたものであり、一方、足立農協からの右借入れに伴う利息については、原告会社が負担したものである。足立農協からの右借入金の内訳は、村越義三の借入分として、昭和四八年四月一四日に三〇〇〇万円(一〇〇〇万円及び二〇〇〇万円の二口、別紙「利息の明細書」(ア)(イ))、同年五月三〇日に二八〇〇万円(同(エ))、村越金蔵の借入分として、同年四月二四日に一〇〇〇万円(同(ウ))、同年六月二九日に一〇〇〇万円(同(オ))であり、そのうち同年四月一四日借入れの三〇〇〇万円は契約当日支払の手付金三〇〇〇万円(請求原因(一)(1)(ア))に、同月二四日借入れの一〇〇〇万円は同月二一日支払の中間金一〇〇〇万円(同(一)(1)(イ))に、同年五月三〇日借入れの二八〇〇万円は同月二八日支払の中間金二八〇〇万円(同(一)(1)(ウ))に、同年六月二九日借入れの一〇〇〇万円は同月二〇日支払の中間金一二〇〇万円(同(一)(1)(エ))の一部にそれぞれ充てられた。そして、右各借入金の利息の利率は別紙「利息の明細書」(ア)ないし(オ)の該当欄にそれぞれ記載のとおりであり、また、原告会社が実際に右借入金の利息として支払った金額は、昭和四八年四月一四日借入れの三〇〇〇万円については昭和五〇年一一月五日までの分として八一二万五〇〇四円、昭和四八年四月二四日借入れの一〇〇〇万円については昭和五一年一月五日までの分として二八九万四五五五円、昭和四八年五月三〇日借入れの二八〇〇万円については昭和五〇年一一月五日までの分として七二九万三〇七六円、昭和四八年六月二九日借入れの一〇〇〇万円については昭和五一年一月五日までの分として二七一万八二五四円であった。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  請求原因(三)(2)の事実は当事者間に争いがない。

(三)  右(一)(二)の事実に照らせば、原告会社が村越義三及び訴外村越金蔵を介して右各金員を借り入れた日から、同会社が実際に被告橋本から売買代金の返還を受けた日までの間における右借入金の利息額が、本件売買契約を締結したことに伴い原告会社の被った損害であると認めることができる。

そこで、右利息額を計算すると、別紙「利息の明細書」(ア)ないし(オ)のとおりとなり、その合計は二〇六三万四五二三円となる。

4  過失相殺

ところで、本件においては、本件売買契約の締結に伴い右のとおり損害を被った原告会社自身もいわゆる宅建業者である。したがって、原告会社もまた土地建物を巡る各種の法的規制の存在及びその内容について十分な知識を有し、かつ、具体的な不動産取引をするに当たっては、当該物件に関するそれらの規制内容等を容易に調査することが可能な立場にあったものと認められる。そのため、原告会社が本件土地を買い受けるに当たり、右土地に対する本件都市計画区域指定の可能性の点を特に調査しなかったことについては、宅建業者でもある買主として過失があったものといわざるをえない。そして、原告会社の右過失の割合は、三割とみるのが相当である。

5  以上のとおりであるから、被告らのうち被告吉田、同染野、同宮森については、その過失により原告会社が被った前記損害のうち、その七割に当たる一四四四万四一六六円を賠償すべき責任があるものというべきである。

三  第二事件に対する判断

1  本件土地の埋立代金に関する請求について

請求原因(一)(3)の事実のうち、被告会社が昭和四九年八月二八日被告橋本に対し土地の埋立代金として一〇〇万円を支払ったことは被告会社と被告橋本間に争いがなく、また、《証拠省略》によれば、右金員は既に本件土地の埋立に使用されており、そのため本件土地については昭和四九年九月一九日に地目を宅地とする旨の変更登記がなされていることが認められる。

ところで、被告会社は、被告橋本が右一〇〇万円を収受したことをもって不法行為であると主張し、また、右一〇〇万円をもって不当利得に該当すると主張する。

そこで、まず不法行為の点について判断するに、前記一で認定したとおり、本件土地が市街化調整区域に含まれるものと決定、告示されたのは昭和四八年暮のことであるから、被告橋本としては右区域指定の事実を知りながら右埋立代金を収受したものと推認される。しかしながら、右代金の支払の要求が被告橋本から積極的になされたとする被告会社代表者本人の供述は被告橋本本人の供述に照らしてにわかに措信することができないし、その他に右事実を裏付けるに足りる証拠がないうえ、右授受がなされた当時においては、ともかく本件売買契約が有効に存続していたのであるから、被告橋本が被告会社から右埋立代金を受け取り本件土地を埋め立てて宅地とすること自体には特に違法な点はないものというべきである。したがって、被告橋本の不法行為をいう被告会社の右主張は理由がない。

しかしながら、その後、本件売買契約が前記のとおり解除されたものである以上、被告橋本としては、右のとおり受け取った埋立代金を、そのまま保有すべき法律上の原因を有しないことは明らかである。したがって、被告会社の損失のもとに、被告橋本は特段の事情のない限り埋立による現存利益一〇〇万円相当を不当に利得したものとして、被告会社にこれを返還すべき義務があるといわなければならない。

2  被告会社の信用失墜及び契約業務の処理費用に関する請求について

まず、被告会社は、本件売買契約が締結、解除されたことに基づき、原告会社から被告会社に対し第一事件を提起されたこと等により、信用を失墜し、三〇〇万円の損害を被ったと主張する。しかしながら、本件全証拠によっても、本件売買契約の締結等により、被告会社が殊更その信用を失墜したものとは認めるに足りない。

また、被告会社は、本件売買契約の処理のため一〇〇万円を支出し、同額の損害を被ったと主張するけれども、被告会社のいう処理業務の内容及び右支出の有無、内訳等が明らかではなく(《証拠省略》から窺える有料道路の通行料金の支出に限ってみても、それが本件売買契約といかなる関係にあるのか、また、被告橋本、同吉田らの行為と因果関係のある支出であるか否か不明である。)、また、被告橋本、同吉田の被告会社に対する不法行為の成立及び損害等を認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告会社の右請求は、いずれも理由がないというべきである。

四  結論

以上のとおりであるから、第一事件における原告会社の本訴請求については、被告吉田、同染野、同宮森に対し各自損害賠償金一四四四万四一六六円及びこれに対する本件不法行為ののちである昭和五一年四月一六日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、同被告らに対するその余の請求及び被告会社、同服部に対する請求は理由がないからこれを棄却し、第二事件における被告会社の本訴請求については、被告橋本に対し不当利得金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五一年五月七日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、被告橋本に対するその余の請求及び被告吉田に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井田友吉 裁判官 持本健司 裁判官堀毅彦は職務代行終了のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 井田友吉)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例